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東京高等裁判所 昭和53年(う)1056号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金三万円に処する。

被告人において右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から一年間右刑の執行を猶予する。

原審および当審における訴訟費用の二分の一は、被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人熊谷秀紀の提出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、被告人は原判示の立木に針金で結びつけられていた原判示選挙運動用ポスター(以下「選挙ポスター」という。)を立木から取りはずして傍らに放置したことはあるが、右選挙ポスターは被告人があらかじめ右立木の幹に巻きつけておいた営業用の結婚相談所の広告ポスター(以下「広告ポスター」という。)を邪魔するように取りつけられ、その結果広告ポスターがほとんど見えなくなつていたから、被告人はこれが見えるようにするためその選挙ポスターをはずして傍らに置いたにすぎず、このような被告人の行為は違法性がなく、また選挙ポスターを「毀棄し」たものともいえない、したがつて選挙の自由妨害罪の成立を認めた原判決には事実の誤認ないし法令適用の誤りがある、というのである。

しかし、原判決の掲げる関係証拠によれば原判示事実を優に認めることができ、また以下に検討するように被告人の行為に違法性がないという所論は結局採用できないので、原判決には所論のような誤りがあるとは考えられない。

原判示のように、本件選挙に際し、被告人が原判示の日時・場所において、原判示の立木に針金で結びつけられていた掲示板に掲示中の原判示選挙ポスターを掲示板ごと立木から取りはずした事実およびこれを立木からやや離れた草むらの中に放置した事実は、ほぼ争いがなく、証拠上も明らかであるところ、右のように掲示中の選挙ポスターを取りはずして草むらの中に放置することは選挙ポスター掲示の効用を失なわせるものであつて、これを「毀棄」したことに当ると解されるから(選挙ポスターを放置した場所が立木から一、二メートルであるか、それともそれ以上であるかは右の判断に消長をきたさない。)、被告人の行為が「毀棄」行為に当らないという所論は採用できず、被告人については外形上原判示事実が認められ、特段の事情が認められないかぎり選挙の自由妨害罪が成立するものといわなければならない。

ところで、本件については、関係証拠によれば、本件の選挙ポスターが掲示される前に同じ立木の幹にすでに被告人がその営業用の結婚相談所の広告ポスターを巻きつけておいたことが認められるので、それとの関係で選挙ポスターの掲示方法の当否、それが選挙ポスターを取りはずした被告人の行為にどのような影響を及ぼすかを次に検討する。

〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

すなわち、本件の立木は、朝霞市立第三小学校北側の幅員約八メートルの道路の北側の斜面になつた山林の中、右道路の側溝から約1.3メートル北側に入つた地点にやや道路側に前傾して生えており、その地上から約1.1メートルのところから道路側、やや南西の方向に枝が張り出ていたこと(この枝は、根元から約四〇センチのところで切断されていた。)、被告人は本件の二、三か月前に右枝の根元のやや下部に当る幹に縦二五センチ、横二〇センチのものより一回り小さ目の結婚相談所の広告ポスター二枚を横にほぼ接続させ幹の道路側を巻くように針金で巻きつけておいたこと、本件犯行日である昭和五二年六月二〇日の前日ころ藤田喜敬が本件の選挙ポスターを掲示したのであるが、それは縦45.6センチ、横31.8センチのポスターを貼りつけたべニヤ板の掲示板の上部にあけた穴から針金を通し、それを掲示板の上部から少しはなして前記の立木の枝の根元付近に針金を巻きつけ、掲示板の下部は幹から幾分離れてはいたが針金で幹に結びつけたものであること、その結果として広告ポスターは(もつとも、そのうちの一枚は、事情は明らかでないが何人かによつてひきちぎられていたことが認められる。)その下部と横の一部を除いては道路側からはほとんど見えなくなつたこと、そして本件当日被告人はその状態に立腹して選挙ポスターを取りはずして傍らに放置したものであること、そして被告人は幹にとりつけられていた広告ポスターが古くなつて字が薄くなつていたのでそれをも取りはずし新しい二枚の広告ポスターを幹に張つたことが認められる。

この選挙ポスターの掲示の仕方につき、藤田喜敬は原審および当審証人として、選挙ポスターは前示立木の枝の根元から一メートル位先の位置に長さ一五センチ位の針金で下に吊り下げたもので、その後においても道路側から被告人の広告ポスターを見ることは困難ではなかつたと述べる一方で、選挙ポスターの下部をどのようにしたかははつきりせず、あるいは針金を使つて幹との間に間隔をおいて固定したかも知れないと述べている。しかし右供述はポスターの下部の状態との関係でその趣旨が必ずしも明らかでない嫌いがあるうえ、そのような掲示の仕方はいかにも不安定で不自然な感を免れないばかりでなく、本件当時道路をへだてた小学校の教室から被告人により取りはずされた選挙ポスターの状態を目撃したという坂本由紀子、山田美佐子両名の当審証人としての供述などに照らしてそのまま信用することは困難であつて、前示認定を左右するに足りない。

前示認定によれば、広告ポスターは藤田喜敬が選挙ポスターを掲示したため道路側から大半が見えなくなつたことにより、被告人がその利益を害されたことは認めざるを得ない。そこで次にこれに対して選挙ポスターを自ら取りはずして傍らに放置した被告人の行為が直ちに犯罪の成立を阻却するかどうかを検討する。

関係証拠によれば、被告人が違法ポスターの撤去権者を定めた公職選挙法一四五条三項、一四七条所定の者に当らないことはもちろんこれに準じ得る者とも認められない。もつとも選挙ポスターの掲示場所が公道内であるなど掲示の許されない場所であることが客観的に明白な場合には右の撤去権限の有無とは別に、そのような選挙ポスターには法により保護されるべき利益を欠くとして選挙の自由妨害罪は成立しないと解する余地があるが(最高裁昭和五一年一二月二四日判決、刑集三〇・一一・一九三二参照)、本件山林は私有地であり、その所有者は選挙ポスターの掲示を黙認していたことが認められるから(須田綱子の司法警察員に対する供述調書参照)、本件を右と同様に考えるわけには行かない。

また、前認定の事実関係からすれば、被告人が選挙ポスターの掲示によりその利益を害されたとはいえ、その被害の回復をはかるため選挙管理委員会や警察などによる法の保護を求める余裕がないほどの急迫性は認められないし、選挙ポスターは針金で立木の枝や幹に取りつけられていたが、その位置を動かすことにより曲りなりにも広告ポスターが見えるようにすることも容易であつたと考えられるから、これを直ちに取りはずして傍らに放置し選挙ポスターの掲示の効用を無にさせた行為が被告人の利益をまもるための已むを得ない行為とも相当な自救行為とも認めることはできない。その他、全証拠を調べても被告人の行為が違法性を阻却するものとまでは認めることができない。

その意味で論旨は理由がない。

しかしながら、職権をもつて原判決の量刑の当否を調査すると、右にみてきたような本件の事案にかんがみると、本件における選挙ポスターの掲示が被告人の広告ポスターをよく見えないようにしてその利益を害するものであつたこと、したがつてこれを撤去した被告人の行為についても情状としては十分しん酌する余地があることなどを総合すると、原判決の量刑は重すぎると考えられる。

そこで、刑訴法三九七条、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書にしたがい自判する。

原判決が認定した事実は公職選挙法二二五条二号に該当するので所定刑のうち罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人を罰金三万円に処し、刑法一八条にしたがい被告人が右罰金を完納することができないときは金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとするが、刑法二五条一項二号によりこの裁判の確定した日から一年間右刑の執行を猶予することとし、刑訴法一八一条一項本文にのつとり原審および当審の訴訟費用の二分の一を被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(新関雅夫 渡邊達夫 小田健司)

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